頭がグラグラして、地面が揺れているのではないかと思った。
手をさし伸ばしたまま固まる聡を一瞥し、美鶴は出入り口へ向かって歩き出した。
乱暴に鷲掴まれ、捲し上げられて乱れたTシャツの裾を手早く直す。そして、聡から数歩離れたところで立ち止まり、振り返った。
「お前というヤツがどういうヤツなのか、よくわかったよ」
背筋が凍った。
そんな目で、俺を見るのかっ!
美鶴は身を翻し、教室を出た。
声をかけることも、追いかけることもできない。
世界が揺れて、今度こそ聡は膝をついた。
「あ……… っ」
ガックリと両手をつき、その磨き上げられた床と向かい合う。ぼんやりと、自分の姿が映っている。
俺はっ 俺はっ ―――――っ
拳を握り締め、大きく振りかぶった。だが、床に映る自分を殴ることすらできない。
違うっ 違うんだっ!
大口を開ければそう叫びそうだ。だが、何がどう違うというのか?
違うっ! 違うっ! 違うっ!
俺はっ! こんなコトがしたかったワケじゃないっ!
ゆっくりと拳をおろし、蹲って額をつけた。
俺はっ――――― 汚い
これほど自分を嫌いになったことはない。
身の内に、ドス黒い悪臭が充満しているかのよう。吐き気がした。むしろそのまま吐き出したいと思った。
それでもきっと、出しきれない。
この身を切り刻んで、ありとあらゆる場所から、卑しい自分を取り出したい。
自分を殺してしまいたい――――
激しい怒りと慙悔が、聡を鞭打ち責めたてた。
結局、明け方までを教室で過ごした。
過ごしたという表現が的確かどうかはわからない。別に夜の教室が心地よかったワケではない。ただ、行くアテがなかったのだ。
いずれは家へ戻らねばならないだろう。だが、飛び出してきた手前、どの面をさげて母や義妹の待つ家へ戻ればいいのか?
いや、そんなことよりも―――――
押し込めても押し込めても湧き上がる後悔の念。聡は立ち上がる力すら失せていた。
明け方も見回りの気配を感じ、再び掃除用具入れに身を隠す。
もうそこに、銀梅花の香りはない。
やがて夜が明ける。
美鶴の壊した鍵の扉まで戻ったが、外から鍵がかけられていた。美鶴がかけて帰ったのだろう。
―――― 帰ったのだろうな。
美鶴の帰る家には、きっと誰もいない。
だが聡の帰る家には、母と緩がいる。
我侭だとは思うが、今の自分には美鶴に与えられた環境がひどく羨ましく思えた。
誰にも会いたくない。
一階の一年生の教室の窓から外に出た。
行くアテもなくふらふらと彷徨い、小さな公園へ迷い込んだ。
白々と明るくなる空。今の聡には重く感じる。
また茹だるような一日が始まるのだろう。
美鶴………
ぐったりとブランコの一つに腰を下ろし、ふと見上げる先に人影を感じた。
ゆらりゆらりと揺れる人影は小さく骨ばり、髪の毛も薄く白い。少し距離はあるが、顔に刻まれた皺の深さも見てとれる。
だが揺れる身体に、弱々しさは感じない。
細い手足を曲げて伸ばして、バランス良く身体を捻る。
――――― 太極拳か
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